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東京高等裁判所 昭和33年(く)70号 決定

少年 M(昭一九・二・二〇生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、本人が差し出した抗告申立書の記載によれば、原決定には少年法三二条にいわゆる重大な事実の誤認があるというに帰するようである。しかし、原決定が「罪となるべき事実」として示した本件少年の犯罪事実は、本人はこれを否定しているけれども、原審調査官のなした調査報告書中の関係人の陳述記載によつても、また当審においてなした証人尋問調書の記載によつてもこれを認めるに十分で疑をはさむ余地はない。ただ原決定には、あたかも山崎四郎巡査に対しても「そばへよると殺すぞ」といつて脅迫したかのように事実が記載されており、その点についてはこれを認むべき証拠はないので、右は事実の誤認を犯したものといわざるを得ないのであるが、この程度の瑕疵は、全体からみて、本件保護処分の決定に影響を及ぼすような性質のものでないから、少年法三二条にいわゆる重大な事実の誤認とは言えない。(抗告期間経過後に当審において選任された附添人から補充的に抗告理由書が提出され、同書面によれば、原決定には、事実誤認のほかさらに、罪となるべき事実の摘示について、犯行の日時、場所、被害者が特定されていない違法があると主張するけれども、原決定にそのような違法のかどが見当らないことは一見明白である。その他少年法三二条にいわゆる法令の違反はどこにも認められない。)むしろ本件において問題となるべき点は処分の当否にあると思われるので、進んでこの点を調査するに、記録によれば、少年は前からしばしば理由もなく人に向つて石を投げつけたりその他異常に乱暴な行動をとることがあり、学友や近隣の人々から忌み憚られていたが、最近ではますますその傾向を強め、ついに今回のように鈷をもつて人の生命身体を脅すようにまでなり、いちじるしく社会的危険性を加えるにいたつたもので、それは決して単に子供の悪戯の多少度を越したものに過ぎないと言えるようななま易しい性質のものではなく、このまま進めば少年はさらにどのような大それた犯罪を犯すようになるかも知れないというおそれが多分に感じられるのである。そして他方少年の家庭をみるに、原決定にもあるとおり、父はつねに遠方に働きに出て家庭にいることは稀であり、祖母は少年を溺愛するばかり、また母は少年を放任してむしろその非行をかばうような態度をとり、かつ感情反応の激しい自己中心的な性格で周囲の人との関係も円満を欠き、とうてい少年の保護監督を委ねるに適当でないことは、当審において親しく取調べた結果に徴しても十分これをうかがうに足りる。現に本件抗告後少年に対し一時原決定の執行を停止し厳しい戒告のもとに少年をしばらく家庭に戻し慢性中耳炎の治療をさせていた間において、少年は再び暴行傷害事件をひき起し、事件は重ねて原裁判所に送致されるにいたつたのである。なお、従来関係者の供述によれば少年は幼時から重い中耳炎に罹りそれが慢性となり、その症状が悪化したとき発作的に前述のような粗暴の行為がみられることが多いとも言われ、その事実から少年の右疾患と粗暴行為との間に何か関係があるのではないかという疑も一部に存したのであるが、すでに述べたように、当審において原決定の執行停止中国立熱海病院において根治的手術を受け治療を加えた結果現在右疾患は一応治癒したと認められるけれども、その後当裁判所が東京都立松沢病院医長に命じて少年の精神鑑定をなさしめた結果によれば、「少年の慢性中耳炎はすでに治癒しており、多少の聴力障害を遺しているが、日常生活に支障はなく、また本疾患は脳に対し何ら器質的障害を与えておらず、又少年は精神病者ではないが、少年は生来情性稀薄、意志薄弱といつた異常な性格傾向を有する精神病質人であり、保存的傾向が強く、関心、興味の範囲がきわめて狭く限定されており、自己の将来に対する関心もきわめて稀薄で、我儘、自己中心的傾向がいちじるしく、環境に順応してゆけないため孤独的となり、欲求不満のはけ口を非行に求めるといつた傾向を示し、非社会的反社会的な行動を重ねてきたもので、知能もあまり勝れておらず、そのうえ現在までの少年の生活環境はきわめて悪く生来の性格異常面に拍車をかけるような結果となつた。少年はきわめて被影響が強いから、理想を言えば適当な保護矯正施設に収容して集団的訓練を施し、少しでも社会生活に適応できるように性格を矯正すべきものである。」というのである。

以上説明した諸般の事情を考慮し、少年法二四条一項三号少年審判規則三七条一項後段少年院法二条五項によれば、本件の少年はこれを医療少年院に送致して矯正教育を施すのが適当であると認めざるを得ないから、これと同趣旨に出た原決定は相当といわなければならない。よつて本件抗告はその理由がないから少年法三三条一項後段によりこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 兼平慶之助 判事 足立進 判事 関谷六郎)

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